武井佳子刺繡展「うまれしもの」—魂の巡礼、祈りの軌跡
光と影が静かに交差する空間に、息をのむほど繊細な作品たちが並びます。2025年6月、伊佐ホームズのギャラリー櫟にて、刺繍作家・武井佳子さんの個展が開催されました。
「本展は、私のとっての『魂』であり、『導き手』である刺繍とともに歩んだ日々の記憶と祈りを綴った、静かな巡礼のような場です。」
武井さんのごあいさつにあるように、会場は清らかで、どこか神聖な空気に満ちていました。






アンティークのメタルビーズやガラスパールがきらめき、蝶やトンボ、王冠といったモチーフに生命を吹き込みます。その一針一針は、フランスの名門「エコール・ルサージュ」で培われた確かな技術の証し。しかし、作品から伝わってくるのは、技術の誇示ではなく、静かで深い内省と、言葉にならない想いです。


挿花家・谷匡子さんが生けてくださった季節の草花。みずみずしいグリーンが印象的です。
ひときわ目を引くのは、会場の中央に佇む大きな屏風です。そこには、渡仏前の作品と、パリで技術を習得した後の作品とが、時を超えて共存しています。
龍や花、蝶が舞うこの屏風は、まさに武井さんのクリエイターとしての歴史そのもの。ひとりの女性が自身の表現を求め、静かに、しかし確かな一歩を踏み出してきた軌跡が、見る者の胸に深く響きます。



初日の集い
武井さんのご友人でもある江川晴子さんが主宰する「PAERTY DESIGN」による、美しく美味しいフィンガーフードが場を彩ります。武井さんご所有の蒔絵のお重が、その場に一層の深みと華やかさを添えていました。
作品を前に、作家を囲み、和やかに談笑する時間。それは、作品を通して人と人がつながる、心温まる光景でした。

「PAERTY DESIGN」主宰 江川晴子さん






お茶のおもてなし
会期中には、茶室「未休庵」にて「お茶のおもてなし」の会も催されました。ギャラリー櫟主宰の金子が、床の間に飾られた武井さんの作品のお軸について語ります。気炎のように立ちのぼる蝶の姿は、作家自身の飛躍を思わせ、その儚い美しさが、ほの暗い茶室の空間に静かに映えていました。
一期一会の作品と、台湾の中国茶、そして「和菓子のひより」さんによる愛らしい和菓子。五感で味わう、贅沢なひとときです。






刺繍の道を歩んで二十年という節目に、その軌跡を一冊の書籍にまとめられた武井さん。以前は、言葉で思いを伝えるのが得意ではなかったとおっしゃいます。
35歳で会社を辞め、自身のこれからを深く見つめ直したとき、幼い頃から好きだったものづくりが、新たな道へと導きました。パリでの出会いを経て、作品を通して自らを表現するようになり、今では作品が彼女の言葉となっています。
その静かな強さに裏打ちされた作品たちは、見る者の心にそっと寄り添い、ぬくもりを運んでくれるようでした。武井佳子さんの新たな巡礼の旅は、まだ始まったばかりです。


刺繍という時を縫う手仕事とともに歩んだ20年の軌跡をまとめた書籍『うまれしもの』
