1. HOME
  2. 読みもの
  3. 家はカンバス
  4. 25年の信頼をベースにした個性の光る、美しい家

25年の信頼をベースにした
個性の光る、美しい家

「住まい再考、景色をつなぐ家」
安田耕太郎さん、巡子さんご夫妻を訪ねて

「住まい再考、景色をつなぐ家」
安田耕太郎さん、巡子さんご夫妻を訪ねて

都心の住宅街。 安田耕太郎さん、巡子さんの新しいお住まいは、シンプルな切妻屋根、趣きある木格子に心和みます。
家のなかは温熱環境が配慮されてどんなところも気持ちよく、機能性としつらいのセンスが見事に融け合っています。
その背景には、伊佐ホームズとの長いおつきあいがありました。

玄関から階段を上り、割竹をあしらったモダンな引き戸を開けると、20畳ほどの開放的なリビングがあらわれました。要所要所に照明がやさしく灯り、ゆったりとしたソファや北欧ヴィンテージのデスク、小さな緑をあしらった品のよいしつらいに、すっかり魅せられてしまいます。

「断捨離がとてもたいへんでした。長い間、子ども中心の暮らしに注いできたエネルギーを主人と二人の暮らしに向けていきたいと思い、がんばりました」と、巡子さん。

窓際のソファやダイニングテーブルなど以前からの家具や、広東で買ったシルクの絨毯は生かされ、代々伝わる時代箪笥は塗り替えられて新たな場を得ています。

リビングの南側。テラスの左手はドライエリアで、地下に光を届けています。

リビングの一角に、栗ナグリの柱を立てて格子で区切り、布目漆塗りの天板を渡してお仏壇の空間をしつらえました。

耕太郎さんは学生時代に60カ国を旅し、新婚時代を過ごしたのは、赴任先の香港だったといいます。その後も豊かな海外経験を持つお二人は、センスもインターナショナル。設計の東國肇とインテリア担当の金子京子もお手伝いして、造り付け家具のデザインやコーディネートを練り上げました。

今回、この共創が格別うまくいったのには理由があります。じつはご夫妻と、伊佐ホームズとのご縁が生まれたのは25年前のことです。通勤も暮らしも便利で静かな立地の中古住宅を購入され、入居前に内装のリフォームをご依頼くださいました。

手を入れたインテリアは気に入っていたものの、 建物本体は建築基準法の耐震基準が大改正される1981年より前に建てられており住み始めると心配事が出てきたと耕太郎さん。「地震があると大きく揺れるし、冬は寒く夏は暑いので、いつかなんとかしたいと思っていました」。

ダイニングのテーブル、椅子は、以前から馴染んだもの。

ご夫妻は2人のお子さんを育てられ、耕太郎さんは6年前に世界的な音響システム会社の、ハーマンインターナショナル代表取締役社長を68歳で引退されました。多忙な生活が一段落し、熟慮を重ね、3年後に建替えを決意。「伊佐さんの理念が通っている家づくりはリフォームのときから信頼し、私たちの好みに合っていました」と、うれしいお言葉です。

機能面の大きな柱が全館空調の導入でした。
「個別のエアコンはどうしても室内の風切り音が気になるでしょう。空間デザインの面でもすっきりしないですから」と、耕太郎さん。
空調機に調湿機を併用することで、身体にやさしい空気環境が整えられています。どこにいても静かで、気持ちがいいことにゆっくりと気づかされます。

2階の巡子さんの寝室。右手は季節ごとに多摩美術大学のサクラやイチョウが美しい、お気に入りの窓。手前の畳の部屋とは、引き込みの吊戸で仕切ることができます。

お二人それぞれの趣味と個性が詰まった部屋にも案内していただきました。2階の巡子さんの部屋は寝室と、来客時などには仕切って使える畳室がつながっています。

デンマークのチェストやフロアスタンド、椅子、絨毯、カーテン、芥子色の和紙の建具、そして蔵書やグリーンなど、すべてのものが調和している、うっとりするようなコーディネートです。「この窓から見える景色がすばらしいんですよ。春はサクラ、秋はイチョウの葉が色づいて」。

地下階には耕太郎さんのAVルームが。11畳ほどの部屋の中央に革張りのリクライニングソファが置かれ、正面左右に風格漂うスピーカーが据えられています。社長時代に世界的音響ブランドとシステム開発したもの。イタリアの古い町で出会ったというハープ奏者のCDをかけると、透明な音が目の前で奏でられているかのようです。

地下階のオーディオルーム兼寝室。高性能のスピーカーから流れる臨場感豊かな音楽に充たされます。

「70歳を過ぎての新築はめずらしいといわれます。それができたのは25年前に伊佐さんに巡り合っていたからです。ほんとうによかった」と耕太郎さん。お二人の笑顔は、私たちにとって何よりの喜びでした。

右から安田巡子さん、耕太郎さん、伊佐裕、設計担当の東國肇、インテリア担当の金子京子。「高い家具を置かず、重心を低くしたのがよかったですね」と伊佐。

—『伊佐通信』12号(2020年)より転載—