東アジアから中近東までの現代美術を専門的に取扱うギャラリー「オオタファインアーツ」を主宰する大田秀則さんと、美しいパーティ料理のケータリングサービスの会社を営む由賀さん。それぞれ目利きであるお2人がその仕事を通して積み上げてきた思いやアイデアを結実させた住まいには、すみずみまで独自の美意識が貫かれていました。
都心至近でありながら下町的な風情も漂う住宅地。「荏原の家」は、周囲になじむ上品な薄あずき色の外壁が印象的です。
ほのぐらいギャラリーのような玄関ホールを通り、リビングに足を踏み入れると、そこは吹抜けの白い空間。テラスに面したコーナーやスリット状に配された窓から心地のよい光がまわっています。大ぶりのソファに黄色いデイベッド、モダンなフロアスタンド。そのインテリアをさらに際立たせているのが、壁に直接描かれた巨大な月と鳥の絵です。
「映像作家のさわひらきさんに1週間ほど滞在して描いてもらいました。この壁は今後も、作家を招いて自由に表現してもらうコミッションアート的な場にするつもりなんですよ」と、大田さん。作家やコレクターとの付き合いは広く、年間の海外出張は100日を超えるといいます。広い室内には、趣味で集めた各地の骨董と、注目する現代作家の作品が絶妙に調和しています。
夫妻が自邸を持とうと考えたのは一昨年のこと。まずは大手ハウスメーカー各社の話を聞いて回ったものの、それらの家はドアひとつとってもカタログから選ぶしかなく、デザインの制約も多くあります。アトリエ系建築設計事務所への依頼も考えましたが、これも、望むイメージをどこまで実現できるかわからない。その結果、建築に詳しいお知り合いのご縁で、伊佐ホームズが設計施工を担当することになりました。
「設備はしっかりさせたかったし、遊びの要素も欲しかった。伊佐ホームズにはそうした施主の希望をきちんと形にしてくれる自由度の高さを感じました」
最初に伝えたイメージは、“白く大きな空間” “人を呼べる家”そして日本の風土に合った“庇のある家”の3点だったといいます。1番目の要望のとおり、リビングはテラス、ダイニングと一体になり、20〜30人のパーティにも十分な広さ。床のレベル差と4本の丸い柱によって、さまざまな場が生まれています。
リビングダイニングの右手は大田さんの書斎です。白い住空間の中で、この部屋だけは天井まで届く濃いオレンジの書棚が目を引きます。「仕事場であるギャラリーもホワイトキューブなので、家に1か所は色のある場所が欲しかった」との考えからです。
ダイニングの奥は、引き戸で仕切られた広々としたキッチン。清潔感のあるステンレストップ、シンクとコンロの配置、シンプルで機能的な収納などは、由賀さんが仕事を通して感じてきた理想を形にしたものです。「ここは仕事で使うことはありませんが、自宅のパーティにも対応できるよう、ゆったりとつくりました。特注でつくっていただいたグレーの収納扉もかなり気に入っています」。
2階には高校生になるお嬢さんの部屋と主寝室。そして和室があります。作家など客人が滞在する時に使ってもらうのもこの部屋です。
夕暮れになると、家はまた違った表情を見せはじめます。大田さん自らコンタクトをとって依頼した近藤真由美さんによる照明デザインは、外部に設置した照明器具から窓越しに室内を照らすという新しい手法を採用。シーンを想定して、照明の組み合わせがプログラムされています。幻想的でやわらかな明かりに、室内に配された美術品も美しく浮かびます。
「この家は、生活の道具や現代美術、骨董、本......といったすべてが不思議なくらいマッチする。いい住まいになりました」とお二人。「今後はリビングに人が集まる機会も増やしていきたいですね」と話します。暮らしとアートが一体となった住まいから、新たな創造や出会いが生まれることでしょう。