ギャラリーくぬぎ

駒沢にあるギャラリー櫟をご紹介します。
伊佐ホームズならでは
の暮らしの提案を行う空間です。

企画展

ギャラリー櫟で開催の企画展をご紹介しています。
企画展は不定期に催しておりますので、近くにお越しの際にはぜひお立ち寄りください。

20201121_20201220
久遠の生命の把握 児島善三郎展 令和2年11月21日(土)〜12月20日(日)久遠の生命の把握 児島善三郎展 令和2年11月21日(土)〜12月20日(日)

初日の集い

11月21日(土) 16時〜17時
定員30名 要予約 予約はギャラリー櫟まで

複雑な構図、重層的な色彩といった西洋の油絵の豊穣さを会得したうえで、
短歌や俳句に通ずる日本の感性を持って、一瞬の美を見事に捉えた児島善三郎。

今展では、昭和11年に居を移した国分寺時代の作品を中心に展覧いたします。
四季や移りゆく時間によって、刻々と姿を変える大いなる自然、
それに呼応するように営まれている人々の暮らし。
私たちが忘れてはならない風景が、一枚の絵に昇華されています。
お子さまをはじめ、すべての人にご覧いただきたい展覧会です。

【主催】東京修猷館 美術倶楽部OB会/伊佐ホームズ株式会社
【特別協力】兒嶋画廊 兒嶋俊郎 【後援】西日本新聞社

*ご参加いただく皆様の安全と安心に配慮し、会場での検温とマスク着用をお願いします。
*状況により変更する可能性があります。

田園の春
「田園の春」昭和15年   45.3×53.0cm
「初夏」昭和26年   46.1×65.3cm
「アネモネ」昭和27年   38.0×45.5cm

「自画像」昭和21年

児島善三郎 こじま・ぜんざぶろう

明治26年、福岡の紙問屋の長男として生まれる。福岡県立中学修猷館3年のとき、絵画同好会を設立。明治45年、修猷館卒業後、長崎医学専門学校薬学科に入学するが、中退し、画科を志して上京。大正10年、第8回二科展に初入選。大正14年、欧州留学の途につく。昭和3年、帰国。第15回二科展に滞欧作22点が特別陳列される。昭和5年、同志と共に独立美術協会をを設立、日本的な油絵を提唱する。以降、同会の中心的作家として多くの優れた作品を発表し、また後進に影響を与えた。昭和11年、代々木から国分寺に転居。昭和26年、荻窪にアトリエを新築。昭和34年、銀座松屋で児島善三郎自選展開催。昭和37年、69歳で死去。

孫である兒嶋俊郎氏は、2014年、国分寺の善三郎のアトリエ跡地に藤森照信設計による「丘の上APT」を建設。「兒嶋画廊」を構え、善三郎の作品をはじめとするコレクションを紹介している。

兒嶋画廊 兒嶋俊郎さんからのメッセージ

兒嶋画廊 兒嶋俊郎さん

伊佐裕さんが経営される伊佐ホームズの駒沢にあるギャラリー櫟で児島善三郎展を開催することになりました。

伊佐ホームズの本社がある世田谷区瀬田と善三郎が昭和11年(1936年)にアトリエを構えた国分寺とは国分寺崖線とその下を流れる野川によって繋がっています。

武蔵野を北東から南東の方位に対角線状に貫く崖線は古多摩川によって削られた段丘に沿って走り旧石器時代、縄文時代から現代まで連綿として続く人と水との生活の歴史を伝えています。

国分寺にある日立中央研究所を水源とする野川は瀬田で多摩川と合流し東京湾に流れ込みます。

古代から鎌倉時代までは南北の人の流れが集まり、江戸時代中期以降は東から西へとその流れも変わってゆきました。そんな時代の流れを見つめ続けていた対角線です。

国分寺へ引っ越す前の善三郎はアトリエ村といわれるほど芸術仲間が集まっていた代々木初台に大きなアトリエ住宅を構えていました。銀座や新宿で飲んで夜遅くまで騒いでも歩いて帰ってこられる便利な場所でした。

そんなロケーションから善三郎が仲間や都会の喧騒を捨てて、人家もまばらな国分寺へ引っ越した理由は未だはっきりとはわかりません。

本人が書くところによれば、「私は、小市民的な都会藝術に何かしら空虚なものを感じ出した。モット人と人だけの小さな生活でなく、大自然と共に呼吸し、共に生活する生活に憧れ、そしてそこから「真実なる画人の生活」を始めることが本当の藝術を生かす道だと考へて、十数年住み慣れた、今ではすっかり都会になった代々木の家をたたんでここ簡素な国分寺に新居を移した次第である。私の仕事は今迄の人工的な庭園から大自然の野趣の中に移される筈です。」

いかにも、自然主義の理想に燃えてルソーやミレーの様にバルビゾンの森に移住した画家たちの心境を思わせますが、すぐに「が、確かにその筈であった私の心も、ここに住んでみると、やはりまだ都会の移り香が残って、どうにも都が恋しくて、まだこの田舎の風景に親しみを感ずることができないのです」と続けています。

また、「今まで恋人のように思っていた自然が、自然の愛が、今は父親の様に厳しい」と嘆いています。

そこから始まった善三郎の「国分寺時代」は、やはり写生旅行で切り取った風景画とは異なり、自然との共生、そこに生活する人々が日々の労働により作り上げてゆく田園や畠の四季の美しさを、定点観察的に作画してゆくことになりました。

雨の日には庭に咲くダリアやバラや椿を好みの壺に活け写生しました。また、時には箱根や房総の海、信州の山々など、より大きな自然の大構図にも挑戦して、確固たる画面の構成力を磨き上げてゆきました。

今回の展示もその様に充実した国分寺時代の作品が中心となりますが、世田谷区を中心に秩父の木材を使用しながら柔らかな日差しと丹沢や秩父からの風が優しく吹き抜ける住宅を提供し続けてきた伊佐さんの住宅への理念と重なるところがある様な気がしております。

伊佐さんは福岡のご出身で、高校も善三郎と同じ修猷館を卒業されていて、美術を愛され、善三郎や中村研一の他にも仙厓和尚の書画や冨田渓仙の作品にも深い造詣を持たれています。

その様な伊佐さんが経営される画廊で善三郎展を開催できることいは大いなる喜びです。

素敵な建築の居間やサロンに大好きな絵を掛けて楽しむ生活を是非提案して頂きたいと願っております。

兒嶋画廊   兒嶋俊郎