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家づくり物語

第1回 梅の木に守られた家 後編

有形無形に残された義父の思い出。
それを後の世代まで引き継ぎ、同時に3世帯の交流を密にする、
ひとつの提案がなされました。その提案とは……。

ギャラリーから望む梅の木の写真やはりギャラリーから望む梅の木が一番すばらしい。現在では義父の作品が飾られている

さて、旧K邸には、義父の作品や、義父が師匠から受け継いだ書物、そして筆などの道具が残されていました。筆だけでも1500本はあったそうです。Kさんはその整理を、生前の義父から一任されていました。
「でも素人では管理がむずかしいですから、生前に義父と相談して、義父の故郷にある博物館にほとんどを寄贈しました。コンテナ一杯分にもなりました」
ただ、いくつかの作品は手元に残すことにしました。Kさんは、新しい家に小さなスペースを設け、そこに作品を展示して、後の世代まで受け継ごうと考えていたそうです。
しかし、話をお聞きした設計担当者は、展示スペースをもっと大きな規模にしてはどうかと提案しました。
「玄関横に設置予定だった車庫の上階に、ギャラリーを作ってはどうかと考えたのです。ギャラリーといっても、日本家屋でいう『離れ』のイメージです。ここにお祖父様の作品を展示しつつ、応接スペースや宿泊施設としても利用する。そうすれば3世帯それぞれに客間を作る必要がなくなります。そして何より、3世帯の心の拠り所が生まれます」

「詩禅堂」の館銘版の写真ギャラリー入り口に掲げられた「詩禅堂」の館銘版。お祖父様は、古典に基づいた正統派の書を志した

ギャラリーは「詩禅堂(しぜんどう)」と名づけられました。川谷横雲の書塾から受け継ぎ、義父が旧K邸の門に掲げていた館銘版に刻まれていた名前です。10畳ほどのスペース、無垢の杉を使った明るい床に、漆喰の白壁、空間全体に落ち着きを与える萩の天井、梅の木を望む方向は全面がガラス張りで、そこから幅広の階段で庭に下りることができます。
設計担当者は、ギャラリーの重要性をこう強調します。
「家族にとってどれほど大切な品々でも、家の隅にあっては、時と共に風化してしまいます。中心に据えてこそ、年月を経た味わいや本当の意味が、住む人々の心に沁み込んでゆくはずだと思ったのです」
Kさんご一家の歴史、文化を象徴する亡き義父の作品群と梅の木。しかしもちろん、それだけが3世帯の紐帯ではありません。梅の木、ギャラリーはやはり非日常なのです。住む人の関係を、色彩豊かなものにするには、日常をつなぐ工夫が必要です。


1階と2階の間取り図



■家は住む人の心で命が与えられる

玄関ホールから庭を眺めた写真玄関ホールから庭を望む。左手がギャラリー、右手がKさんの居住スペース。右手前に、2階の息子さん夫婦の居住スペースへ続く内玄関がある

ここでK邸の玄関に注目してみましょう。
向かいにある学校の桜並木を横目に見ながら、階段を登ると、まず立派な外玄関があります。外玄関をくぐると、玄昌石(げんしょうせき)を敷き込んだエントランスから、ガラス越しに梅の木がある庭を望むことができます。
そして、二つの内玄関が現れます。ひとつは1階のKさんのスペースへ。そこからウッドデッキを通じて、娘さん夫婦のスペースまでつながっています(娘さん夫婦の専用玄関は、建物の北側にあります)。そしてもうひとつの内玄関は、2階にある息子さんご夫婦のスペースへ続きます。
なぜこのような間取りにしたのでしょうか。設計担当者は、理由をこう説明します。
「3世帯が別々の玄関を持つと、アパートのようになってしまうのです。世帯間が自然に行き来し、それでいてプライバシーを保持する。それを解決するために、外玄関、内玄関という間取りにしました」
玄関スペースのイメージは土間です。家族だけでなく、K邸を訪れる人たちが自由に行き交う空間でありながら、床に敷き込められた玄昌石の黒が、漆喰の白壁や明るい内装を引き締めて、まるで京都の町家にある「通り庭」のような趣きです。2階に住む息子さんご夫婦は言います。
「出掛ける時や帰宅の際は、ガラス越しに母(Kさん)や妹夫婦の様子が見えるので、いつも声を掛け合っています。先日も外出先から帰ると、庭でバーベキューをやっているのが見えたので、さっそく参加しました」
違う世帯同士で朝晩の挨拶や日常の会話が普通にできるという環境は、現代では貴重なものです。しかし、プライベート空間はしっかりと確保しなければなりません。自分の世界があるからこそ、一見難しそうに思える、3世帯同居の生活を楽しむことが可能なのです。
Kさんご一家では、それが見事に実現されています。

居住スペースの写真Kさんの居住スペース。奥の畳部屋には正方形で縁なしの「琉球畳」を使用している。目が細かいため、空間が広く感じる

Kさんの居室は和の雰囲気が基調になっています。畳の部屋、障子窓、壁一面の収納スペースには、仏壇を納めています。
隣接する娘さんご夫婦の居住スペースは、ナラ材の床に白い塗装を擦り込み、開放感のあるストリップ階段や白い壁、天井などで、洋風の風合を演出しています。
一方、2階の息子さんご夫婦のスペースは、同じ洋風でも、ピンクを多用したポップな雰囲気に溢れています。
さて、各世帯がキッチン、トイレ、バスルームを別々に持つ、開口部を向かい合わせないなど、設計上の工夫もありますが、同居生活を成功させるには、それ以前に、お一人お一人の「家族みんなで住むこと」に対する意欲が大切です。
設計担当者とともに、当初から打ち合わせに加わっていた営業担当者はこう回想します。
「Kさんご一家は、最初から一緒に住むんだという意欲に溢れていました。ですから、3世帯同居という難題を見事にクリアしたのだと思います。私たちは、住宅という器を作るお手伝いはできます。しかしそれに命を吹き込むのは、やはり住む人の心なのですね」
2組のご夫婦の居住空間には、それぞれにお子さんができた時のためのスペースを確保してあります。近い将来、3世代がひとつ屋根の下で暮らす、ギャラリーから梅の木に至る階段で、思い思いの場所に座りながら、夢を語り合う。それは、私たちが想像しても、微笑ましく、心躍る光景です。亡きお祖父様が残した梅の木は、その時もきっと、芳醇な香りを漂わせていることでしょう。(了)


挿絵