
昭和63年10月
本社モデル住宅が完成

世田谷区瀬田に、モデル住宅を兼ねた本社が竣工する。
代表取締役社長 伊佐裕が、明治初期に建った自身の生家の
揺るぎない存在感を拠りどころに建てたもの。
このとき、宮嶋棟梁と出会ったことが、その後の会社の大きな礎となる。
なお、生家は平成16年度第18回福岡市都市景観賞を受賞した。
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本社。骨格は竣工当時のまま。折々に手を入れてきた。いままでは豊かに繁った植栽と共に風格を増している。 |
平成 3年 4月
丸太梁の家、竣工
木材輸入商であるオーナーの木への愛着と着眼点に教えられ、
力強い現代的フォルムをもった民家型住宅が世田谷区瀬田に竣工。
十数年を経た現在でも精彩を放っている。
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堂々たる柱と梁に守られた「丸太梁の家」の居間。本物の家は年月を経るごとに価値を増すことを伝えてくれる。 |
平成 4年〜平成12年
連続講演会を開催
湯布院亀の井別荘・中谷健太郎氏、空間プロデューサー、杉本貴志氏、
建築家・宮脇檀氏、清家清氏、女優・浜美枝氏、
美術評論家・竹本忠雄氏など、
各界で独創的な仕事をなさっている方々の
講演会を銀座ガスホールなどで開催する。
これらの活動は、駒沢住宅に引き継がれていくことになる。
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平成12年、第9回講演会の会場風景。ゲストは浜美枝さん。 |
平成 5年 4月
釣月庵、竣工
世田谷区奥沢にある伊佐裕の自宅に茶室「釣月庵」が完成。
坪庭に面して、母屋から張り出すようにつくられ、
都会にありながら平屋の茶室のような趣をもつ。
「釣月庵」は曹洞宗、総持寺貫主梅田信隆禅師による命名。
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茶室内部/床柱は赤松、床は畳床。シンプルながら、茶室らしい趣をたいせつにした。 |
平成11年 7月
某研究所ミーティングルーム、竣工
某研究所のミーティングルームの内装を手がける。
珪藻土、和紙といった自然素材を使い、
未来のパラダイムを描くクライアントの意図を実現させた。
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近代的なビルの内部にありながら、ほっと落ち着くサロン的な空間が求められた。 |
平成10年 6月
土間に集う家、竣工 平成11年12月
おもてなしの庵、竣工
パブリック空間とプライベート空間を分け、
お互いがゆったり過ごせる「土間に集う家」、
半地下に隠れ家風のスペースをもつ「おもてなしの庵」など、
特徴ある住まいの依頼が相次ぐ。
中庭に面したタイルの土間や、栗材のバーカウンターなど、
住む人のライフスタイルに沿った提案がなされた。
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| 左/「土間に集う家」。庭に面した明るい土間は、アロマテラピーのための教室やパーティの場所に。 | 右/「美味しい料理とうまい酒をいい器で味わう」ために、細部までこだわった「おもてなしの庵」。 |
平成13年11月
駒沢住宅・ギャラリー櫟(くぬぎ)がオープン
平成14年 3月
蔵の再生
天現寺の慶応義塾幼稚舎にあった旧福沢家の蔵が
取り壊しを余儀なくされ、解体を手がける。
店舗の新築に際し、この再生を提案。
井の頭公園の隣接の地に店舗、茶室、住宅、ゲストハウスと共に、
この蔵もギャラリーとして活用されることになった。
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蔵を改築した店舗のギャラリー。お米文化発信の拠点にふさわしい、風格あるたたずまい。 |
平成16年 2月
南青山の小住宅、竣工
港区青山の12坪の狭小変形敷地に木造住宅が完成。
外壁はガリバリウム鋼板、内部は白を基調に3.5層とし、
最上階には吹き抜けを設けた。
狭さを感じさせない、豊かな広がりをもつ空間となった。
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「南青山の小住宅」。リビングダイニングのある最上階。ロフトには和室が設けられている。 |
平成16年 8月
傾斜地の家、竣工
高低差7メートル、敷地200坪という条件を生かし、
近代的かつ日本人の感性に響く
中庭形式のコンクリート造の住宅を手がける。
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外観正面/周囲の環境と特性を考慮し、建物のスケールは抑えつつ、借景を取り込むように工夫した「傾斜地の家」。 |
平成18年 2月
内外がゆるやかにつながる家、竣工
子どもたちが巣立った後の夫婦のための建て替え。
デッキやバルコニーなど、内と外の中間スペースをたっぷりとり、
ゆったりとした生活が楽しめるように配慮した。
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「内外がゆるやかにつながる家」。たっぷりと出た軒、格子の手摺りによって、モダンな中にも落ち着きが生まれている。 |